The Situation in Kosovo
コソボ情勢
| 設定会議 | 第3930回国連安全保障理事会・北大西洋常設理事会 |
|---|---|
| 募集人数 | 32人(28ヶ国中4ヶ国ペアデリゲイツ) |
| 会議監督 | 山城拓郎 (京都大学法学部3年) |
| 副会議監督 | 今井比以呂(同志社大学政策学部2年) |
| 議長 | 安全保障理事会:北村光(東京大学法学部3年) NATO:谷幸穂(神戸市外国語大学国際関係学部3年) |
| 秘書官 | 安全保障理事会:冨重真帆(立命館大学文学部地理学専攻3年) NATO:岡南健太郎(東京大学法学部3年) |
| 報道官 | 龍村真由子 (同志社大学法学部政治学科3年) |
| 使用言語 | なし/日本語/英語 (公式発言/非公式発言/公式文書) |
国名 |
| 議場:安全保障理事会 |
| Bahrain |
| Brazil |
| China |
| Costa Rica |
| France (Pair) |
| Gabonese Republic |
| Japan |
| Kenya |
| Portugal (Pair) |
| Republic of The Gambia |
| Russian Federation |
| Slovenia |
| Sweden |
| United Kingdom (Pair) |
| United States of America (Pair) |
| 議場:NATO理事会 |
| Belgium |
| Canada |
| Denmark |
| France (Pair) |
| Germany |
| Greece |
| Iceland |
| Italy |
| Luxemburg |
| Netherlands |
| Norway |
| Portugal (Pair) |
| Spain |
| Turkey |
| United Kingdom (Pair) |
| United States of America (Pair) |
主権国家が成立した時、自国民の保護はその国の責任であり、そこに他国が介入する余地はなかった。その後、2度の大戦を経験し、様々な「人道的問題」を目の当たりにしてきた世界は、国連を創設し、そうした問題を「国際関心事項」として取り上げてきた。
それは、一国内の「人道的問題」に対して他国が「人道的介入」を一定の条件下で実施可能になったということを意味する。
しかし、「人道的介入」のもとでも守れない命は当然存在し、「人道的介入」そのものの正当(統)性が問われることになった。
〈コソボ情勢〉には上述した「人道的介入」を中心に様々な問題が根源的なレベルで存在している。そうした諸問題の正当性と正統性をめぐる議論こそがこの議題の最大の背景として存在している。2つの正しさを考えることこそがこの議題の中枢なのである。
私がこの会議を作成しようと思った最大の理由は、自分自身の正義の基準を問い直してほしいという想いにある。もう少し言えば、自分の会議を通じて、学生生活にとどまらず、これから先ずっと自分の中心に存在するような正義感について真剣に考えて欲しかったからである。
模擬国連では、担当国の国益を最優先に考え、個人が国際問題に抱く印象や疑問などは会議の場においてあまり重要視されていない。だが、本来的には、大使も一個人である。ということは当然個人の正義感を持っているはずである。
しかし、それは往々にして現実を目の当たりにすることによって踏みにじられることも多い。踏みにじられた時、自分の正義感について真剣に考え葛藤する。そうした経験を通じて、自分なりの正義の基準を獲得していく。そうした過程を提供したい。その想いこそが、私がこの会議を作成しようと思った理由なのである。
・最上敏樹(2001)『人道的介入』岩波書店
~『正義』とは何か?机上と現実の狭間~
特に説明もいらないと思うぐらいシンプルな難問を会議テーマとしている。特に他意はなく、素直に、自分にとって正義とは何かを考えて欲しいというメッセージがこのテーマには詰め込まれている。机上と現実の狭間という表現は、会議室で起きていることと現実の現場で起こっていることとの板挟みを意味している。ところで、このテーマには2つの問いかけが潜んでいる。
会議室での決定とは裏腹に現実で死にゆく人々が確かに存在しているという状況の中で、大使としてはもちろん一人の人間として、自分自身の正義の基準に照らして、どのような答えを用意できるのか、これこそがこのテーマが与えるひとつの問いかけである。
また、ここでいう『正義』は、道義的な正しさ、つまり正当性のことだけを言っているのではない。何らかの法秩序の中で生きている我々は、法的な正しさ、つまり正統性についても考えなければならない。こうした2つの正しさについて考えること、これがこのテーマが与えるもうひとつの問いかけなのである。
以上の2つの問いかけだけでなく、このテーマには他にも様々な問いかけが存在するだろう。ひいてはそうした問いかけに人生を歩んでいく中で挑んでいってほしい、そうした想いがこのテーマには込められているのである。
自分は上から会議を提供するのではなく、自分も参加者とともに悩み考えたいと思って居ます。一緒に、自分の『正義』について思いを巡らせましょう。