研究の部屋TOP   2005年 前期議題
前期リサーチソース

これは、第1回勉強会でみなさんから出た質問の回答です。その場でお答えできなかった質問に対し、議題解説者がリサーチしました。ご一読ください。


@ シエラレオネでの難民の状況は?

○発生原因…主に紛争(内戦)

○難民の数…61,194人(2004年1月30日)(UNHCR)

○2003年帰還民数…5位33,300人(主にギニア/リベリアより)(UNHCR)

○IDPs推定数…900,000人(UNHCR)

○シエラレオネにおける内戦について
シエラレオネでは、91年に反政府軍(RUF)が蜂起し、同国で産出されるダイヤモンドを財源に、反政府戦闘行為が断続的に継続し、多くの難民・国内避難民が発生した。
2000年11月のシエラレオネ政府とRUFとの間での停戦合意、更に、2001年5月の両者間の武装解除の実施方法についての合意がなされる等、状況は平静化した。2002年1月18日、カバ大統領は、DDR計画の進捗状況に鑑み、シエラ・レオネにおける武装解除の完了宣言を行い、また、同年3月1日には国家非常事態の終了宣言がなされた。
近年では難民の帰還が進んでいる。

○難民受け入れ
 シエラレオネは、近年難民が多く発生しているリベリアからの難民(リベリア内戦から避難)を受け入れている。

Aコートジボワールでの難民の状況は?

○難民の発生原因…主に紛争

○2003年難民発生数…4位:22,200人(主にリベリア/ギニアへ)(UNHCR)

○IDPs推定数…38,000人(2004年1月1日現在)(UNHCR)

○2003年帰還民数8位…16,600人(主にリベリア/ギニア/マリより)(UNHCR)

○コートジボワールにおける内戦
2002年9月に政府軍と反政府勢力との対立が発生、その際に多くの難民・国内避難民が発生した。内戦により、反政府勢力が同国の北部・西部を支配下に置く状態が続いている。2003年1月、和平合意(マルクーシ合意)が成立し新首相が任命。3月には全勢力が参加した国民和解政府が樹立した。その間に反政府勢力は「新勢力(NF)」と名乗る緩やかな共同組織を結成。
マルクーシ合意の適用を促進させるべく、5月には国連コートジボワールミッション(MINICI)が設置されたが、マルクーシ合意の適用は必ずしも順調に進んでいなかった。

とはいえマルクーシ合意から、コートジボワール難民は着々と帰還を果たしていたのだが、2004年3月末の両派武装解除を目前に控え、合意内容の履行や大統領の政治権限を巡ってNFと大統領支持派の対立と緊張が再び高まり、2004年11月に武力衝突が再燃、1万人以上がリベリアへ逃れた。
そして2005年4月6日に各勢力による停戦合意があり、難民の帰還に希望が見え始めている。しかし、帰還を達成するためには、各勢力により現在二分されている国が再びひとつになる必要がある。


A 北欧諸国はなぜ人道的受け入れに積極的なのか?






B なぜジェンダーを定義に入れることが問題となるのか
性差(ジェンダー)は現在難民の定義に含まれていない。これを難民の定義に含めるかどうかは、実は今回の会議でも定義が一つの論点となっている。逆に言えば、定義に新たなものを入れるということは、各国の思惑が交差し、非常に困難なことであるといえる。定義に入れることに反対がないからといって定義に入れればよいというものではない。新たな定義を作るには、相当な時間と労力がかかることである。また定義に加えたことで、各国は彼らに対する保護義務を負う恐れがあるということを懸念している。


Cアフガニスタン難民は、難民条約上の難民に含まれるか?
 アフガニスタンの難民の主な原因というのは、内戦や戦争などとなっている。そう考えた場合、紛争、戦争というものが迫害の原因となり、難民条約上の定義には含まれないということになる。ただし、紛争が起こる原因といえばなにかというと、貧困からくるもの、人種差別からくるもの、宗教問題からくるものと様々なものになっている。そこで、このアフガニスタン難民を難民条約上の難民と考えることもできる。こういった判断は、UNHCRなどでも行うが、最終的には各国の判断ということになる。つまり、難民条約上の定義を拡大したくない国と広い定義を望む国で判断が分かれる、ということである。この辺は、会議中にも話し合うことになるので、皆さんが各国大使となったときに、どういった方針で行くのか考えてみてほしい。


Dコンゴ、トルコ、マダガスカル、モナコの4カ国はなぜ地理的制限を採用しているのか?

 難民条約には2つの制限がある。一つ目の時間的制限は全ての国が受け入れているものであるが、二つ目の、難民として認めるものは欧州で発生したものに限定するという地理的制限は、4カ国のみが受け入れており、他の国は制限なくあらゆる国、地域で発生した難民を難民条約上の難民として認めている。
 
では、なぜこの4カ国が欧州に限定しているのだろうか。様々な原因が考えられると思うが、大きなものは、難民を欧州以外に広げてしまうことで、自国が不利益を被ってしまうからである。前回はクルド人問題を持っているトルコの例を挙げた。これはトルコから見た場合、隣国イラクやイランなどからトルコへと難民が来ることは、自国の雇用面を考えたり、独立の流れができてしまうことは恐れるべき事態である。こういった事態を避けるために、欧州以外の難民を難民として認めなければいいという考えになる。

また、欧州に存在するモナコという国は、人口3万2千人という非常に小さな国である。こういった国の場合、難民問題といわれても、それほど貢献できるわけでもないし、あまり関係ないことが多い。そのため、わざわざ欧州から拡大する必要もないという考えが出てくる。


Eアメリカが難民条約に不参加なことはどこが問題なのか?
 前回の講義では、アメリカが不参加なことで、国際的に足並みのそろった行動が取れず、条約を遵守することに統一がなくなってしまうということを挙げた。この条約は、難民の地位に関する条約ということで、その地位をどうするかということが主な内容となっています。難民の受け入れに関するものではない。(ただし、その受け入れに関する国際的な条約などは未だに存在しない。)よって、いくらアメリカが数の上では、受け入れが多いと言っても地位に関する条約を締結していないことは大きな問題といえる。
また、難民条約というのは、世界で最初の難民に関する条約であり、問題点もあるが、この難民条約が全ての基礎となっているといっても過言ではない。よって難民問題の根幹をなす条約に加盟しないことは大きな問題となる。


F紛争を定義に入れる話し合いが国連においてなされたのか??またなされたとしたら、現在定義に入っていないのには反対国があったからだと思うが、それはどういった理由からか?

 紛争というのが原因で難民になるというのは非常に多いことである。しかし、未だに難民条約の定義には含まれていない。紛争を定義に入れることが望ましいのは事実であるし、それが望ましいといえる、やはり定義の拡大により、自国の義務の拡大となることを恐れる国は少なからず存在する。実際、紛争を理由に故郷を逃れた者を難民として認定しないことを決めている国もある(具体的な国名については、各自がリサーチする範囲のことであるため、ここでは伏せさせていただきたい)。この定義に関する問題は、5月28日の論点整理のところでまた説明があるのでそちらも参考にしてほしい。


                                     文責 松尾笑加
                                         大川孝司
                                         岡田香織

最後までしっかり復習できたでしょうか?また、抱いていた疑問は解説したでしょうか??

今回の勉強会の内容をしっかり理解して、第二回勉強会に臨みたいものですねぇ。それでは、また5月7日にお会いしましょう〜〜