目次                      

はじめに

 

1章 安全保障の理念・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

    第1節 安全保障(security)                4

    第2節 国際安全保障体制                  5

 

2章 国連と安全保障・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

    第1節 集団安全保障機構としての国連                      10

    第2節 冷戦と国連の安全保障                              11

 

3章 国連平和維持活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

    第1節 国連平和維持活動とその発達                        13

    第2節 冷戦の終結とPKOの活性化                         14

 

参考文献紹介・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15

 

 

 

 

  国連平和維持活動(PKO)の状況

 

 

 

 

 

はじめに                       Mayumi Kondo                                     

 この冊子は、前期議題の地域紛争に対する理解をさらに深める目的で作成したものです。したがって、BGの補完的存在と言えます。すなわち、BGでは取り上げなかったものの、地域紛争を考えていく上で必要不可欠な知識をまとめてあります。以下に冊子の使い方、及び簡単な構成を書いておくので、それを確認した上で冊子をうまく活用していただきたいと思います。

 

使い方

 この冊子の役割は、BGの内容と議題について、さらに理解を深める助けとなる知識を提供することです。具体的には、BGで再三登場する平和維持活動(以下、PKO)とはどういったものなのか、またどのような時代の流れの中で誕生し、どういった考え方に基づいて活動が行われているのかということを知ってもらいたいと思います。地域紛争の議題を扱うに当たって、PKOの知識は不可欠です。なぜなら、現在の国際社会で大部分の紛争解決に取り組んでいるのはPKOだからです。さらに、PKOについては様々な論議が行われているところであり、その歴史を知ることは今後の国際情勢を理解していく上でも重要であると考えられます。

 したがって、この冊子をBGとともに手元に置いていただき、勉強を進めてもらうのが効率のよい方法だと思います。特に、BGの第2章、第3章、第4章をしっかり理解するには、PKOの知識が必要となります。なお、BGでも本文を読んでいく中で必要となることについては、適宜脚注を用いて説明を加えるように心がけました。しかし、その説明は簡素なものにとどめてありますので、是非この冊子でさらに知識を加えてもらいたいと思います。

ただし、この冊子は、前期議題を理解する助けとなる知識を提供するという性質上、できるだけ余分な知識は組み込まないように配慮しました。そのため、さらに安全保障体制や、PKOについて知りたいという人には、巻末の参考文献を参照してもらいたいと思います。

 

冊子の構成

 簡単にこの冊子の構成を書いておきます。

まず、第1章では国家の安全保障対策について述べ、次に国際安全保障体制について説明します。国際安全保障体制とは、国際社会の安全を保障する方法のことです。国際安全保障体制にはいくつかのモデルがありますが、この冊子では、勢力均衡体制と集団安全保障体制に焦点を当てて説明します。その後、第2章で集団安全保障体制を国連を通してみていき、最後に第3章でPKOを扱います。

 あくまで、PKOについて知ることが最大の目的ですが、PKOの説明に至るまでの部分は非常に大事ですので、しっかり読んでもらいたいです。逆に言えば、前半部分を知ることをなくしてPKOは理解できないと思います。

また、第3章のPKOについての説明は、前期議題の論点を議論する上で最低限知っておいてもらいたい内容です。本来ならば第3章の第2節以降も執筆したいところですが、その分についてはBGですでに述べていますし、PKOの歴史に関しては、議題解説において説明するとおりです。

したがって、前期BGとこの冊子と議題解説の3セットで前期議題に臨んでもらえれば、議論に必要な知識は得られるということです。

 では、内容に入っていきましょう。

 

 

会議監督 近藤真由美

 

 

1章 安全保障の理念                              

 この章では、よく耳にする安全保障という概念について述べる。この概念知ることにより、国連という国際機関が設立された経緯、ならびに国連憲章に対する理解が深まり、後に説明するPKOについて十分な知識が得られると思う。

 

1節 安全保障 (security)

 安全保障という言葉には、万人に受け入れられた明確な定義が存在せず、その意味は極めて曖昧であると言える。あえて抽象的に定義すれば、「ある主体が、その主体にとってかけがえのない何らかの価値を、何らかの脅威から、何らかの手段によって、守る」[1]ことである。しかし、この抽象化された定義は、論者の価値観や世界観、または時代や状況などを反映して変化する。ましてや、それぞれの事情を抱えた地域があり、主権国家が存在している国際社会では、それだけ多種多様な「安全保障」があるということになる。

しかし、一方でこれらの主権国家はすべて、国民と国土の安全を保障することを最も重視している点では共通しており、これは主権国家の本質的機能とも言えるものである。それゆえ、アフリカに多く存在する破綻国家の例を見ればわかるように、個々の人間の安全が確保されるためには、国家の枠組みがしっかりしていることが大前提とされる。

だが、冷戦後の世界では、国家レベルの安全保障を超えた国際的な安全保障が必要となってきているのである。例えば、大量破壊兵器の拡散や、経済、エネルギー問題は、一国のみでは対応できず、国際社会の協力なくして解決は望めない。つまり、国際社会は、国際安全保障やグローバルな安全保障を抜きにしては成り立たなくなっているのである。

 

 

従来の安全保障                  新しい安全保障

自国の国力強化、他国との同盟に        多国間の協調によって、脅威の顕在化

よって外敵の脅威に対抗する。         を防ぎ、良好な国際環境を維持する。

 国家安全保障の重要性              国際安全保障の重要性

 

 

 では、以下で国際安全保障について、第一次世界大戦前後に振り返りみていこう。

 

2節 国際安全保障体制

 一国にとって最も重要なことは自国の安全の維持であり、主権国家はその国の領土、国民生活、民族的価値を保持し、それらを外的脅威から守るために腐心していることについてはすでに述べたとおりである。ここではもう少し範囲を広げて、それぞれの地域、さらには国際社会の安全を確保するためにはどのような国際安全保障体制がとられてきたのか、特に二つの体制に焦点を当ててみていくことにする。

 

(1) 勢力均衡体制 (balance of power)

 国際社会には、いろいろな国が存在し、またその国が属する地域があり、それぞれが自国の安全のために主張をするのであるから、当然対立というものは存在する。しかし、国際社会は無政府状態アナーキーanarchy)、つまり世界政府が存在しないため、対立は自国の力で解決するしかない。ならば、当然として存在する対立が衝突に至らないよう、すなわち戦争にならないようにしなければならない。

 歴史的に見て、敵対関係にある両勢力の間に力の差がある場合強い勢力が弱い勢力に対して武力行使に踏み切る可能性が高く、逆に軍事力が均衡しているとき、すなわち、両勢力の間に力の差がないときは、武力行使をしても勝てる確信がないので、武力衝突を避けようとする

 つまり、勢力均衡とは、「一国あるいは、その一国を中心とする国家群が強大になり、それが他の国々にとって脅威になる、もしくは脅威になりそうなとき、後者が武力を増強して勢力の均衡を保とうという現象」である。平たく言うと、勢力均衡体制とは、「力の差が存在するから、強いほうが弱いほうに戦争をしかけたくなるので、その力の差をなくしてしまおう」という安全保障体制である。歴然とした力の差が、ある二つの勢力の間に存在すれば、強い勢力は弱い勢力に少ない損害で勝てると考えるので、武力行使に踏み切る。

一方、二つの勢力の力が拮抗していれば、武力衝突に至ると、双方ともに多大な被害をこうむるので、衝突を避けようという意志が働き、安全が保障されるというわけである。

 

a.力の差があるとき

 

             

            攻撃     

     A勢力の軍事力                

                                       

B勢力の軍事力

                                                       

b.力が均衡しているとき

 

A勢力の軍事力          均衡       B勢力の軍事力

 

                        

                 勢力均衡

 

 敵対する勢力の軍事力が均衡しているとき、戦争の抑止が働き、その地域は安定する。

 

しかし、勢力均衡体制もよいところばかりではない。実際には、勢力均衡を進める当時国は、敵勢力との軍事力が均等になったからといって満足することはなく、相互に少しでも優位に立とうとして軍拡競争を招き、国際社会は不安定になってしまう。

また、こういった軍拡競争に陥って、どちらか一方の力が強くなり、両勢力の間に力の差が生じ始めると、力を引き離され焦る側の国は、「これ以上力の差が開き、太刀打ちできなくなる前にこっちから戦争を仕掛けてやろう」というように、先制攻撃を考えるようになる。こうやって、双方とも望まぬ戦争に突き進んで行ってしまう危険性があるのである。

さらに、一国の国力を測定するのは容易ではない。なぜなら、国力は常に変化しているからである。同様に、軍事力を客観的に測るのも困難だと考えられる。したがって、勢力均衡体制にはメリットもあればデメリットもあるのである。

 

 

(2) 集団安全保障体制 (collective security)

 勢力均衡の状態が破綻して戦争が勃発してしまったよい例が、第一次世界大戦である。欧州地域の勢力均衡が崩れてしまったため、戦争に至ってしまったのである。第一次世界大戦は、これまでの国際社会の安全保障のあり方を見直させ、また国際的な安定を取り戻 すべく新しい体制を模索する機会となった。そこで、再び世界大戦が起こることのないよう、アメリカのウィルソン大統領によって国際機関の設立が提案されたのである。これが国際連盟であり、世界で初めての集団安全保障機構であった。

 集団安全保障体制とは、潜在的に対立関係にある国家をも含め、多数の国家が互いに武力行使を慎むことを約束すると共に、いずれかの国がその約束に反して、平和を破壊する場合には、関係諸国が協力して、集団の力でそれに当たり、平和を維持しようという体制」である。言い換えれば、どの一国に対する武力行使も他のすべての国に対する戦争行為とみなして全員で対処するシステムである。勢力均衡体制は、自国または、その同盟国の外に対立国が存在し、その間で均衡をとっていたのに対し、集団安全保障体制は、その体制の中に潜在的対立国を包含する点で、勢力均衡体制と大きく異なっている。

 

 

                    A

 

           B                 C

 

 

 

         D                                     E

侵略国

 

 

               

 

集団安全保障体制

 

 この集団安全保障体制が機能するためには、主要国の中に、顕在的対立国が含まれておらず、友好国ならびに潜在的対立国すべてが加盟した安全保障機構を結成する必要があるという共通認識が存在し、また主要大国間に国際安全保障問題に関しての見解が一致していなければならない。さらに、違反があった場合には、他の国がその国に制裁を加える意思、態勢が整っている必要性がある。

 しかし、国際連盟発足にもかかわらず、アメリカ、ロシア、ドイツの大国が未加盟であり、規約を破った国への武力行使が行えなかった。その後、世界は二度目の世界大戦を経験することになるのである。

 

 

 

 

 

 

(3) 協調的安全保障(cooperative security)

 集団安全保障体制を少し変化させたシステムが協調的安全保障と呼ばれるものである。このシステムは、武力行使ではなく、非軍事的手段で安全の維持を図っていこうとする点で、集団安全保障とは異なる。つまり、協調的安全保障とは、友好国と潜在的対立国が共に参加して、地域の不安定要素になりうる脅威が顕在化して武力衝突に発展するのを防ぐ」システムである。この段階での協調は、国際機構が対処する前の段階での協力である。具体的には、安全保障対話、信頼醸成措置(CBM)の実施などがそれに当たる。協調的安全保障は、集団安全保障とは違って、強制措置を含まず、非軍事的手段を用いて各国の協調を築いていこうとする点が特徴であるまた、その性格から、軍事的な側面よりも、政治や外交といった非軍事的側面に力を注ぐ傾向にある。欧州安全保障協力会議(CSCE1995年以降は欧州安全保障協力機構OSCEに改称)[2]や、アセアン地域フォーラム(ARF)[3]などが、このシステムのよい例である。

 

 

 


      信頼醸成措置      

脅威

 

                          安全保障対話

情報の交換

 

 

 

 


協調的安全保障

 

 このシステムは、潜在的対立国を取り込んで対話を進めることにより信頼を高め、不必要な緊張を取り除こうという点で実際的ではある。しかし、その反面、潜在的対立国を含んでいるため、参加国でコンセンサス(全会一致)を得るのは難しく、また、全体の合意を得るためには問題の少ない案件を選ばなければならないというデメリットがある。事実、欧州安全保障協力機構(OSCE[4]、アセアンフォーラム(ARF)ともに、対立点の厳しい問題の協議を避けようとする傾向があり、実際に加盟国間で紛争が起きたときの対処能力に欠けている。

 

 

☆国際安全保障体制

 

@勢力均衡体制:一国(一つの勢力)が強大になり、それが他の国々(他の勢力)にとって脅威になる可能性があるとき、後者が武力を増強して勢力の均衡を保とうという体制。

 

A集団安全保障体制:一定の地域内に属する友好国も潜在的対立国も共に、集団で安全保障を確保しようという体制。(武力行使を含む)

 

B協調的安全保障:友好国、潜在的対立国が共に参加して地域の安全保障環境を改善するため協力する体制。(非軍事的措置を重視)

 

以上が、国際安全保障体制の代表的なものの内容である。三つの体制とも、国際社会の安定と、安全の保障を目的としているにもかかわらず、それぞれメリットとデメリットを抱えていることを理解してもらえたと思う。

次章では、集団安全保障機構としての国際連合についてみていく。

 

 

  アメリカ軍の兵力配置(対イラク)

 

2章 国連と安全保障            

この章では、集団安全保障機構としての国連を通して、集団安全保障体制についての知識を深めるとともに、国連がどういった理念のもとで設立されたものなのかを理解してもらいたい。

 

1節 集団安全保障機構としての国連

 国際連合は、第二次世界大戦の戦勝国である、アメリカ、イギリス、ソ連、フランス、中国の連合国側五大国が中心となり、設立した集団安全保障機構である。国連の設立の目的は、国連憲章の前文に謳われている通り、国際の平和及び安全を維持するために力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は、武力を用いないということを約束することである。また、この目的を達成するために、国連は加盟国に以下の二点のことを義務づけている。すなわち、

 

1、他国の領土保全や政治的独立と脅かすような武力による威嚇や武力の行使を慎むこと。

 2、国際紛争を平和的手段によって解決すること。

 

この二点を義務づけている。紛争の平和的解決手続きについては憲章第6章に記されており、これらの義務に反して武力による威嚇または行使をする国があれば、憲章第7章に基づき、安全保障理事会(以下、安保理)の統制の下、全加盟国が力を合わせて段階的に制裁を加えることが決められている。

 この際、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を認定する権限は安保理が持っており(憲章第39条)、全加盟国にその安保理の決定に従うことを義務づけている(憲章第25条)。

ここで一つ注目したいのは、国連の集団安全保障体制では、経済制裁などの非軍事的措置と、軍事的措置のうち後者に重点が置かれている点である。憲章では、国連軍により制裁手段としての軍事的措置を行うことを予定しているが、その国連軍は安保理の統制下に置かれるものであり、安保理の常任理事国五大国[5]の兵力を中心に編成されると述べられている。これは、近代的な装備をもたぬ軍では、制裁を十分に行えないという考えに基づいている。しかし、これらのことから安保理常任理事国のもつ権限の大きさを感じずにはいられないだろう。

その上、安保理常任理事国には拒否権が与えられており、五大国の協調なしには、物事を決定できない。また、安保理の軍事的要求や、理事会に任された兵力の使用や指揮などについて、理事会に助言及び援助を与えるために、軍事参謀委員会の設立が憲章に定められているが、この軍事参謀理事会を構成するのも、安保理常任理事会と同様の五大国なのである。

つまり、国際社会の平和と安全は、第二次世界大戦の戦勝国の五大国であり、安保理常任理事国である五大国の協調なくして築けないという国連創設者の意図の下、国連は存在しているのである。

 

2節 冷戦と国連の集団安全保障

  上記のような国連による集団安全保障構想の大前提は、「平和愛好国」である五大国がいずれも違法な武力行使を慎む一方、平和破壊行為を予防、鎮圧するために一致協力して、その軍事力を活用することであった。しかし、現実には、第二次世界大戦の終結とともに、枢軸国という共通の敵を失い、大国間の協調は崩れ、冷戦が勃発してしまったのである。そして、そのような状況の中で、早くも国連の集団安全保障は機能不全に陥ることになった。

 そもそも国連は、安保理の決定なしには、強制行動を発動できない。それにもかかわらず、安保理では常任理事国が拒否権を持つため、いったん大国間の協調が崩れると決議の採択は非常に困難なものとなる。ところが、冷戦期の安保理は、ソ連が拒否権を乱発するなど、東西陣営の対立により機能麻痺してしまったのである。国連総会は、安保理の麻痺状態を打開するために、「平和のための結集決議」を採択し、安保理が機能しないときには、総会が加盟国に兵力の使用を含む集団的措置について勧告できるということを取り決めた。しかし、この種の勧告は一度もなされることはなかった。

 また、国連は憲章第43条に基づく正規の国連軍を組織できなかった1946年に安保理の要請を受けて、軍事参謀理事会が国連軍の組織、編成についての一般原則の取り決めにかかったが、結局五大国の折り合いがつかず作業は中断され、委員会は活動を停止してしまったのである。

 冷戦期の国連が一度だけ、軍事的措置を発動したことがある。それは、1950年の朝鮮戦争の際に派遣された、朝鮮国連軍である。しかし、この国連軍は正規の国連軍とはかけ離れたものであり、変則的であった。まず、この国連軍を派遣できたのも、派遣決定の際にソ連が欠席していたという異常な状況があったからである。加えて、この軍の編成の大半が米軍であり、指導したのも米国であった。しかも、紛争当事国の北朝鮮と韓国は、当時は国連の加盟国ではなかった。以上の点から見て、朝鮮国連軍は正規の国連軍であったとは言い難く、冷戦期の国連の集団安全保障制度は空洞化していたと言わざるを得ないのである。

 

 

 ☆冷戦期の国連

@大国間協調の崩壊

A東西陣営の対立    ・・・・・・・国連の集団安全保障制度の空洞化

B国連軍の不在

 

 

 以上、国連の設立とその目的、実際について述べた。世界平和確保のために設立された国連も、冷戦期には機能不全という状況に陥ってしまうという流れを理解してもらえただろうか。次章では、集団安全保障制度が機能しない中で生まれてきた、国連平和維持活動(PKO)についてみていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3章 国連平和維持活動                         

 この章では、国連平和維持活動について述べる。前期議題の論点の一つである、「平和維持活動(PKO)の任務を拡大すべきかどうか」という問題に直接関わってくる知識なので、十分に理解してもらいたい。

 

1節 国連平和維持活動とその発達

 集団安全保障制度が機能しない中で、五常任理事国の参加を必ずしも必要としない国連による、非強制的な紛争管理の方法が発達してきた。それが、平和維持活動(peace keeping operationPKOである。PKOは、実際に発生した紛争に何とか対処するために、国連が実践の積み重ねと経験から、苦肉の策としてひねり出した概念である。そのため、PKOについて憲章には何の規定もなく、国連による公式の定義もない。

 しかし、PKOとは、伝統的には紛争当事者間の停戦合意の成立後に、当事者の要請や同意を経て、国連が中立的な第三者として、平和維持軍(PKF)や、軍事監視団を現地に派遣し、当事者間の間に入って、緩衝材としての機能を果たし、停戦が崩れて紛争が再発することのないように努めることを意味する[6]。したがって、憲章第7章に基づく、軍事的強制行動措置とは異なるものである。

 その任務としては、停戦維持や、兵力引き離しといった活動を、中立・非強制の立場で、自衛のためを除く場合の武力は行使しないという原則で行うことである。

 つまり、伝統的なPKOとは、国連の派遣した軍事組織が憲章第6の紛争の平和的解決手続きの延長上にある活動を行うものであり、憲章第6章と第7章の中間的な性格を持つ。これが、憲章第6章半の活動と呼ばれる所以である。

 

☆伝統的PKO・・・・非強制、中立、不偏

@紛争当事者間の停戦合意後に、

A当時者の要請または同意を経て、      

B中立的な第三者として、          

C自衛を除く武力は行使せず

D紛争再発を防ぐために派遣される。

 

 

 

 国連の平和維持活動は、冷戦下に多数の地域紛争の拡大防止に貢献し、麻痺していた国連の集団安全保障機能を補ってきた。しかし、一方で、限界も明らかであった。まず、1988年以前は、40年間で派遣されたPKO13件に過ぎなかった。1988年から2002年に展開されたPKO42件であったことを考慮すると、いかに冷戦期におけるPKOの派遣数が少なかったかがわかる。また、伝統的な平和維持活動では、維持される平和とは、実際には紛争当事者間の一時的な停戦を意味するのみであり、活動が紛争の原因を取り除くことは期待されていなかった。しかも、維持すべき平和、すなわち紛争当事者間の停戦が実現していなければ、活動を行うことすらできないのであった

 このように、冷戦期に麻痺した国連の集団安全保障機能を補うべく、生まれたPKOもしだいに限界が明らかになっていったのである。

 

2節 冷戦の終結とPKOの活性化

 冷戦の終結により、東西のイデオロギー対立は解消され、米ソの核戦争勃発の危険性は減少し、また政治の民主化と経済の自由化の傾向が見られるようになった。その一方で、冷戦秩序の下で、抑制されてきた民族問題が顕在化し、地域紛争が頻発するようになった。このような国際社会の流れの中で、80年代以降、国連の平和機能に関する関心と期待が高まっていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

最後に

 ここから先の知識に関しては、前期議題から離れてしまうため載せることは避けることにする。しかし、さらに深めたい人には巻末の参考文献を参照されたい。PKOについての最低限の内容については理解してもらえたことだと思う。このPKOが概念として編み出されるもとには、第1章で述べた安全保障の概念と、第2章で述べた国連の集団安全保障体制の実際があるのだということをわかってもらいたい。この冊子が前期議題を理解する一助となれば幸いである。

 

 

 

 

参考文献紹介                  

・斉藤直樹 『紛争予防論−多発する地域紛争の予防と解決のために』 芦書房 

2002年 

・納屋政嗣 『国際紛争と予防外交』 有斐閣 2003

・ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争』第四版 理論と歴史 有斐閣   

2003

・斉藤直樹 『(新版)国際機構論−二一世紀の国連再生にむけて』 北樹出版 

2001

・防衛大学校安全保障学研究会編 『安全保障学入門』 亜紀書房 2003

・猪口邦子 『戦争と平和』 東京大学出版会 2001

2002年度京都研究会前期BG「核軍縮」

2002年第14回模擬国連会議全日本大会特別総会BG「地域紛争への取り組み」

 

 

 

 

 

 



[1] 防衛大学校安全保障学研究会『安全保障学入門』亜紀書房20033

[2] 欧州安全保障協力会議(CSCE)、欧州安全保障協力機構(OSCE)に関しては、BGの第7章を参照。

[3] アセアン地域フォーラム(ARF)については、BG8章を参照。

[4] 欧州安全保障協力機構はコンセンサス・マイナス・ワン方式を採用している。BG8章参照。

[5] 米国、イギリス、ロシア、フランス、中国の5カ国。

[6]防衛大学校安全保障学研究会『安全保障学入門』亜紀書房2003212